池井戸潤さんと言えば、『半沢直樹』のタイトルでドラマ化された『オレたちバブル入行組』シリーズなど、メガバンクを舞台にした小説が有名ですが、『鉄の骨』の舞台は建設業界。「談合」をテーマに、そこで働く主人公が葛藤しながら成長していく姿や登場人物たちの駆け引きがスリリングに描かれます。
仕事なら違法行為に手を染めてもいいのか? 談合は必要悪なのか? 物語の展開に夢中になりながらも、そんなことを考えさせられる骨太な社会派小説。読み応え必至です!
池井戸潤『鉄の骨』あらすじ〜建設業界のリアルとその葛藤〜
池井戸潤さんの『鉄の骨』は、公共工事の談合をめぐる企業同士の駆け引きやそこに関わる人物の葛藤など、建設業界のリアルをドラマティックに描いた社会派小説です。
発行は2009年。第31回「吉川英治文革新人賞」受賞。第142回直木賞の候補作でもあります。
ネタバレなしのあらすじは……
主人公は中堅ゼネコン・一松組に勤める若手社員・富島平太。マンションやビルを建設する「現場」での業務に誇りとやりがいを感じていた平太に、ある日突然「業務部」への異動命令が下る。
実は「業務部」は、「談合」を担う部署。今まで知らなかった世界に戸惑いながらも平太は、会社員として会社の利益のため、ライバル会社との駆け引きや権力者との信頼構築など、談合の最前線で揉まれていく。
「談合」に手を染めることで恋人との関係も微妙に……。そこで社会人として、そして人としても成長していく平太。しかし、談合摘発を狙う検察の捜査は、徐々に平太にも迫っていく……。
「談合」とは、公共工事の入札で、参加企業同士が事前に価格などを取り決め、公正な競争を回避する不正行為。つまり「違法行為」です。
しかし、建設業界を守るために「談合」は必要な仕組みだと主張する声も聞かれます。『鉄の骨』でも、主人公・平太は「談合は必要悪なんだ」と言われ、戸惑いながらも業務として「談合」の世界に足を踏み入れていきます。
登場人物たちに感情移入しながら、自分自身の「働く意味」や「信念」についても考えさせられる『鉄の骨』。池井戸作品の中では地味な部類に入ると思いますが、スピーディーでスリリングな展開で読み始めたら止まらない面白さは池井戸ワールド全開です。重厚な社会的テーマを扱った骨太な物語を求める人には特におススメです。まだ読んでいないという方は、ぜひ手に取ってほしい作品です!
池井戸潤『鉄の骨』—小説のモデルとなった実際の談合事件とは?
実は『鉄の骨』は、実際に日本で起こった現実の談合事件をモデルに描かれたフィクションです。モデルとなったのは、2006年に発覚した名古屋市の地下鉄工事をめぐる談合事件です。
大手ゼネコン5社(間組・清水建設・鹿島建設・前田建設・奥村組・大林組)による談合事件で、間組が自首して明らかになりました。
日本の建設業界では、長年にわたって「談合」が「必要悪」として蔓延していましたが、この事件をきっかけに公共工事の透明性や公正な競争が見直されるようになったと言われています。
『鉄の骨』では、建設業界の不正や抗争、さらにその背景にある政治や経済の力学までを描き、簡単には結論付けられない問題の深刻さを表しているように感じられました。
池井戸潤『鉄の骨』ドラマ化 NHK版・WOWOW版それぞれの見どころは?
池井戸潤さんの小説『鉄の骨』は、複数回、映像化されています。
●2010年7月/NHK『土曜ドラマ』全5話 ★主演/小池徹平(NHKドラマ初出演)★脚本/西岡琢也さん
●2015年/韓国でリメイク 全16話 ※池井戸作品初の海外映像化 ★主演/キム・ジュン
●2020年4~5月/WOWOW『土曜ドラマW』全5話 ★主演/神木隆之介 ★脚本/前川洋一さん
NHK版とWOWOW版、どちらも誠実で真面目、そして熱いイメージの俳優を主演に据え、建設業界の談合をテーマに熱いドラマを展開しています。
しかし、原作の再現度は大きく違います。WOWOW版は原作にほぼ忠実に描かれているのに対し、NHK版は「建設業界の談合」というテーマと登場人物は原作を踏襲しつつ、物語の展開も重点的に表現している事柄もドラマオリジナルという印象です。
NHK版では「談合とは必要悪なのか?」というこの小説の根源的なテーマをより強く表現しています。主人公はじめ登場人物たちの心の葛藤もていねいに描かれているので、感情移入しやすいのも良かったです。
そして最後に豊原功補さん演じる遠藤が主人公に向けて言う言葉がとても印象的でした。ネタバレになるので書けませんが、「談合とは必要悪なのか」という問いへの、これ以上ない答のように私には思えました。見事な脚本だと思います。
NHK版『鉄の骨』は現在、配信されていないようですが、WOWOW版は、アマゾンプライムやU-NEXT、TELASAなどで配信されています。
池井戸潤『鉄の骨』小説とドラマが問いかける正義
「談合」は「必要悪」なのか? 仕事なら違法行為をしても仕方ないのか? 『鉄の骨』は物語を通して、読者にそんな問いかけをしているように感じます。
よく知らなかった世界の小説ですが、談合や入札の仕組みから、経済や政治といった背景まで、物語の中で自然に分かりやすく描かれているので、スムーズに読み進められました。社会の問題として考えさせられ、勉強にもなります。
主人公をはじめ一松組の社員は、会社の利益と存続のために、必死に業務に取り組んでいます。たとえそれが違法である「談合」であっても……。その姿からは、仕事を愛する社員たちの信念が伝わってきました。
『鉄の骨』というタイトルからは、ビルなどの鉄骨をイメージしますが、もしかしたら人の心に貫く「信念」を強固な鉄の骨に例えて表現しているのではないでしょうか? 池井戸潤さんは『鉄の骨』を通して、企業の倫理や正義とは何なのかを問いかけているように私は受け取りました。
『鉄の骨』は硬質な社会派小説ですが、ミステリー小説の要素もあります。平太がなぜ突然、畑違いの部署に異動になったのか、検察が強制捜査に踏み切るに至った情報を密告したのは誰なのか等、ドラマティックな謎が仕込んであります。さらに恋愛小説の要素も散りばめられ、複合的に楽しめる小説になっています。重厚なテーマでありながら軽快な筆致で描かれているので、これまで「難しそう」「硬そう」と敬遠していた人も、ぜひ先入観を捨てて読んでみてほしい作品です。
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